「森友問題」「安倍晋三記念小学校」設立趣意書は現存するのか?(2019/03/15時点の考察)

架空小説「仮名手本森友学園」

2019年3月14日、「森友問題」に関する判決があった。(詳しくは、この問題を追求し続けている弁護士・教授のグループの以下のホームページを参照)。

本日(3月14日)大阪地裁で判決があり、原告は勝訴しました(資料1判決

国有地低額譲渡の真相解明を求める弁護士・研究者の会、”
森友問題でやっと国民の常識が通用した判決がでました。”、
2019年3月14日 。(参照2019-03-15)

こういった、行政にとって都合の悪い文書を国民に隠すという悪弊に対して、強い意志で立ち向かい正した行為を、称賛したいし、頭が下がる思いだ。

この黒塗りには、ある意味、両方の立場の人間が振り回された。司法の場で、この黒塗りが断罪されたのは、当然であろう。

ただ、この判決は、黒塗りの可否を司法が判断したということであり、過去の事実が新たに発掘されたわけではない。

事実、今になっても、「安倍晋三記念小学校」の設立趣意書は、控えも含めて、現物は公開されていない。

もともとこの件については、財務省が「安倍晋三」の名前を認識していたのかという点が疑われていた。今回の件の黒塗りには隠されていなかったものの、改ざん発覚後に公表された応接録等で近畿財務局が「安倍晋三」の名を認識していたことは、すでに明らかになっている。
そのため、「安倍晋三小学校」の設立趣意書の存否は、現時点ではそれほど重要ではない。

ただ、この件にはこれまで振り回されただけに、現時点での事実を確認しておくことは無意味ではないだろう。

今回は、現時点における、「安倍晋三記念小学校(院)」の設立趣意書(設置趣意書)の存否について、考察したい。

[公開:2019/03/15]

「安倍晋三記念小学校」に関するこれまでの考察

この件については、私も過去3回、その当時の得られる情報を基に、考察を試みている。

最初に取り上げたのは、2017/11/24に黒塗りが取られて「開成小学校」だったことが明らかになったときだった。その時の考察は、

ここからは推測だが、仮に「安倍晋三記念小学校」と書かれた設立趣意書が存在したのなら、2014/04/28に提出したものが時系列的に見て可能性が一番高い。

で、今回公表された分は、パンチ穴の跡の数と、最後に「平成28年4月開校」を宣言しているので、最後に提出したものか、あるいはボーリング調査のために提出したものである可能性が高い。

当ブログ記事「(番外編)時系列の要点整理と考察(その2)」、
”「開成小学校」の小学校名黒塗りの件についての考察(2017/11/24開示) ”。(参照2019-03-15)

だった。

だが、財務省の改ざん発覚後に公開された応接録等の情報を考慮すると、修正する点があって、次に取り上げた際の考察では、

2018/05/26時点で得られる情報からの結論は、

・2013/09/02出された設立趣意書は「開成小学校」で正しい可能性が高い
・その意味では籠池氏が朝日新聞に語った「2013年9月に土地取得を申し出た際に提出した設立趣意書」は勘違いである可能性は高い
・2013/12/05に大阪府に、2013/12/16に近畿財務局に提出された文書に安倍晋三の名前があった可能性は高い
・2014/01/31の差し替えはコンサルが行い、籠池氏は控えを持っていない可能性が高い
・2014/04/28に提出した資料が「安倍晋三記念小学校」だった可能性については保留

当ブログ記事「森友問題」安倍晋三記念小学校の考察(2018/05/26時点)(参照2019-03-15)

となった。

その後、2018/09/21の裁判での口頭弁論で、籠池氏の陳述内容が明らかになり、それを踏まえた考察は、

今回の籠池氏の証言によって、

・2013/09/02出された設立趣意書は「開成小学校」

であることが確定。また、

・朝日新聞に語った「2013年9月に土地取得を申し出た際に提出した設立趣意書」に安倍晋三記念小学校の名称を使った

ことが、正確でなく、財務省に対してではなく大阪府に対して提出したものであり、かつ、受理されなかったということが分かり、当初の証言と異なることが分かった。(当人が意図したものか、勘違いによるものかは不明)。

当ブログ記事「森友問題」で今日分かったことのまとめと考察(2018/09/21)(参照2019-03-15)

だった。

このように証言に振り回された面もあるが、現時点での解釈は、ここで落ち着いている。これをまとめると、

現時点(2019/03/15)での「安倍晋三記念小学校」設立趣意書の情報

  • 2013/09/02に近畿財務局に提出した設立趣意書は「開成小学校」
  • 同時期に大阪府に提出した書類には「安倍晋三」の名前の受理を拒まれ
    (大阪府私学課職員の証言あり)「開成」に変更、大阪府は正式な受理(2014年8月)以前の記録はないと回答済みのため、大阪府には「安倍晋三」の名前の記録は残っていない
  • 改ざん発覚後に公開された近畿財務局の応接録によれば、2013/12/05に大阪府に、2013/12/16に近畿財務局に、書類を提出しているがこの時の書類の記録は残っていない
  • 2014/01/31他、その期間の前後の差し替えは、近畿財務局と学園側の教育コンサルの間で行っている
  • 2014/03/01学園が払込取扱票「安倍晋三記念小学校」を作成
  • 2014/03/04近畿財務局と大阪府私学課の会合では大阪府私学課「『安部晋三記念小学校』として本当に進捗できるのか」(原文ママ)
  • 2014/03/14昭恵夫人と籠池夫妻が対面。昭恵夫人は「安倍晋三記念小学校」の払い込み票を断る
  • 2014/03/31森友系列「開成幼稚園」が休園
  • 2014/04/25昭恵夫人が森友学園で講演。理事長が「安倍晋三記念小学校」と発言。スリーショット写真。昭恵夫人「いい田んぼができそうですね」
  • 2014/04/28用地貸借希望書類一式提出
  • 2014/08/20大阪府へ「瑞穂の國記念小學院(仮称)設置計画書」を提出
  • 2014/08/29大阪府私学課正式受理

[敬称略。2019/03/15時点での過去の考察からの個人的なまとめ]

[2020/11/22追記:見落としていた点があったので、以下を追記。
・2013/9/30付学則に「本校は、開成小学校という」記述
財務省が改ざん発覚後に公表した決裁文書の一つに、森友学園側が財務省に提出したとみられる資料が含まれており、設立趣意書以外に「開成小学校」の名称が含まれていた。ただ、時系列については保留すべき点がある。決裁文書から読み取れるのは、2013年8月26日提出、同9月2日受理の資料の一つのようだが、学則の日付が受理後の日付になっていることや、受理後の資料の差し替えが頻繁に行われたことがうかがえる点から、学則に示された「平成25年9月30日」という日付は、保留が必要だろう。当ブログ記事の論旨を変更する内容ではないが、情報として追記しておく。]

財務省、”貸付決議書1「普通財産決議書(貸付)」”、平成27年4月28日、平成30年5月23日。1-74、PDFページ75。

https://www.mof.go.jp/public_relations/statement/other/20180523b.pdf(参照2020-11-22)

以上の点で、注意したいのは、「記録は残っていない」としているものの、これは改ざんをする組織の言っていることなので、存在する可能性が捨てきれないことだ。

もちろん、「安倍晋三記念小学校」は構想段階にあっただけで、事前準備も含めて書類として提出されていない可能性もある(籠池氏の陳述内容を見る限り、存在した具体的な日時を示すものはない)。ただ、受け取り側の職員も「安倍晋三記念小学校」について言及している証言があるので、存在した可能性は否定できない。

そこで、未だ現物が不明である「安倍晋三記念小学校」の名称がある文書を持っている可能性がある組織をピックアップしてみると

  • 森友学園(籠池氏)
  • 森友学園が書類作成・役所との交渉を依頼した教育コンサル
  • 大阪府私学課
  • 近畿財務局

の四つに絞られる。(もちろん、その四つ以外から出てくる可能性はゼロではないが、流出元をたどれば、この四つに行き着くとしていいだろう)。

まず、籠池氏から出る可能性だが、この可能性は少ないだろう。検察に資料を押収される前にも、持っていたのなら出すタイミングはいくらでもあったのに、証言だけをしていたのは、出さなかったのではなく、(持っていなかったから)出せなかったと見ていいだろう。当初の「提出した設立趣意書は『安倍晋三記念小学校』」という発言も、のちの陳述での発言と比べると正確性を欠いている。ただ、その名称にしようとした意志と、その意思表明を相手側が受け取っていることは事実であるので、その名称の書かれた文書が存在し(仮も含めて)受理されていてもおかしくはない。ただ、これまでの経緯から、籠池氏が持っている可能性はほぼないと見ていいだろう。

次に、学園側に依頼された教育コンサルだが、書類の差し替えが何度かされているため、途中過程で、この名称が含まれた書類が存在した可能性がある。最終的に変更されたため、その途中過程の書類は残らなかったという理屈はありえる。ただ、その途中過程も、学園側に報告が必要であり、通常なら、学園側にも資料を渡して書類を共有するため、学園側が持っていないとおかしいことになるが、先に指摘したように、籠池氏は持っていない可能性が高いため、疑問は残る。ただ、存在するとしたら、この途中過程のものが一番可能性が高いように思える。

次に受け取る側の大阪府私学課であるが、建前上は、「記録が残っていない」と言うことになっている。ただ、職員は「安倍晋三記念小学校」の名前を認識していたと証言しているので、隠し持っている可能性はゼロではないが、(政治状況が変わらない限り)出てくる可能性はそれよりもっと低いだろう。

最後に、近畿財務局だが、隠す動機と隠す実績が最も強いのがここである。潔白を晴らすのであれば、黒塗りをしなければよかっただけの話である。また、以上で述べてきた疑問点に関しても、名称が含まれた可能性のある途中のやり取りの書類を公開すればいいだけなのに、(建前上)記録は残っていないとしている。改ざん発覚後に公開した応接録には、「安部晋三記念小学校」(原文ママ)の発言が載っているものの、あくまで、大阪府教育課職員の発言のみを取り上げ、近畿財務局の職員は発言していないことになっている。逆に言えば、近畿財務局の発言でないので、(この期に及んでなお隠そうとしたうえでしぶしぶ)公開した、と受けたられても仕方がない組織なのだ。

ここからは、予測でしかないが、財務省がまだ隠している文書としておなじみの「2014/04/28本省相談メモ」に、「安倍晋三記念小学校」の名称が書かれている可能性は高い。なぜなら、本省相談メモに書かれているということは、本省が「安倍晋三記念小学校」の名称を把握していたことになり、財務省にとってはどうしても隠しておきたいことだからだ。本省理財局にとっては、出先機関の近畿財務局の判断として責任を押し付ける「ストーリー」であるが、本省相談メモに「安倍晋三記念小学校」の名前があった場合、これを契機として方針が変わっているため、本省理財局の責任になってしまうことは避けたい。むしろ、「安倍晋三」の名を隠すという名目で自らの責任を回避できるという面もある。したがって、財務省がまだ隠し持っている資料を公開しない限り、この疑いは晴れることはないと言っていいだろう。

以上の点から、「安倍晋三記念小学校」の設立趣意書について

  • 「安倍晋三記念小学校」の設立趣意書は存在しない可能性も捨てきれない
  • ただし、構想は実際にあり、受け取り側もそれを認識していた
  • 籠池氏は持っていない可能性が高い
  • 存在するとしたら、交渉手続きを受け持った教育コンサルが途中過程として持っている(持っていた)可能性がある
  • 受理した側は記録がないと言っているが隠し持っている可能性は否定できない
  • 存在するとすれば、財務省では「2014/04/28本省相談メモ」に記載されている可能性が高い
  • ただ、受理した側が隠し持っていても、政治状況が変わらない限り出てくる可能性は少ない

というのが、現時点での考察の結論だ。

先に述べたように、この件については、突き詰めると馬鹿らしい問題で、行政の側が公開し、信頼されるような態度を示せばいいだけの話だ。

行政の責任者にはこういった単純な疑問点が解消できるように、あるいはできないのならできる人に代えて明らかになるようにして、新たな情報に期待したい。

過去の考察のカテゴリーはこちら→「森友問題」考察

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