「森友問題」安倍晋三記念小学校の考察(2018/05/26時点)

架空小説「仮名手本森友学園」

開示された文書に書かれていた学校名が、「開成小学校」だった—。

2017年11月下旬に判明した、この予想外の答えに、追及派も擁護派からも上がった声は、「なんじゃそら」だったのではないか。

その後、一時期、安倍氏周辺が鬼の首を取ったようにこの件で籠池氏や朝日新聞に批評を加えていたが、今年3月に財務省の改ざんスクープが報じられて以降は、おとなしくなったように思える。(ただし、資料を読まずに批判する一部のグループが、恥ずかしげもなくいまだにこの件で大声を出して必死になっているようだが。)

そして先日、5月23日に、ようやく財務省が、森友学園側との交渉記録を開示した。今更の感があり、そもそも改ざんを行っていた組織が出す文書など信用できるか疑問だが、すでに公表されている他の組織による情報の裏付け程度にはなるだろう。

「安倍晋三小学校」の件に関しては、黒塗りだった時点から、様々な考察が加えられ、憶測を呼んでいた。そしてそれは、いろいろな資料が開示された今になっても、疑問点がすべて解消されたわけではない。

籠池氏の主張を100%信じることはできないが、もう一方の「容疑者」の言い分をまともに受けるのもリスクが高すぎるのだ。

この件で断定することは危険が高すぎるので、ここでは、現時点で分かっていることと分かっていないことを整理して、考察を試みたい。

[公開:2018/05/26、更新:2018/05/27]

1.これまでの小学校名の時系列整理

小学校名の経緯についての時系列は、この問題を追及している、大学教授・弁護士らのグループによる、次のホームページが充実している。

国有地低額譲渡の真相解明を求める弁護士・研究者の会、”森友学園問題年表(関連情報を含む)”、2017年4月24日 。
http://kokuyuuti-sinsoukaimei.com/moritomogakuen-mondai-nenpyou/
(参照2018-05-25)

私は以前、「開成小学校」と開示された際に、こちらの年表を参考に、小学校名の名前を抜き出して、年表を整理し、考察をした。

(番外編)時系列の要点整理と考察(その2)、”「開成小学校」の小学校名黒塗りの件についての考察(2017/11/24開示)”、初出:2017/11/25、更新:2018/01/24。
http://webstarterzy.t-hajime.com/kanadehonmoritomo-bangai-timeseries-part2/
(参照2018-05-26)

それ以降の、財務省の相談記録、財務省の改ざん判明、大阪府による記録の開示、財務省による交渉記録を参考に、時系列を整理する。

2.現時点での小学校名の時系列整理

安倍晋三小学校の名称に関する時系列整理

2013/06/28 籠池「2015年4月開校希望」(→近畿財務局)《交渉記録》
2013/08/15 貸付通達上の件を本省へ連絡(近畿財務局→本省審理室)《交渉記録》
2013/08/21 籠池「本年9月提出は難しい」「2016年4月開校」(→近畿財務局)《交渉記録》
2013/09/02
土地取得の要望書を提出(籠池→近畿財務局)
2013/09/02 籠池「本日が期限なので提出。今後修正作業」近畿財務局「受け取るが、もっと精緻な資料が必要」《交渉記録》
2013/09/00 籠池「安倍晋三記念小学校という校名を考えている」(→大阪府私学課。私学課は難色)
2013/09/12 大阪府私学課「具体的な資料はまだ提出されていない」(→近畿財務局)《交渉記録》
2013/10/24 籠池代理人「内密だが開成幼稚園を閉鎖して土地を売却する案」(→近畿財務局)《交渉記録》
2013/10/30 大阪府私学課「話がかみ合わず対応に苦慮」(→近畿財務局)《交渉記録》
2013/11/19 大阪府私学課「経営がさっぱりで開成幼稚園は閉園する予定らしい」(→近畿財務局)《交渉記録》 
2013/12/16 資料の差し替えを持参「(設置趣意書他は)12/5に大阪府私学課に提出した資料」(籠池代理人→近畿財務局)《交渉記録》
2014/01/09 「正式な名称を記載すること(計画書→私立小学校設置計画書)」(近畿財務局→森友学園)《交渉記録》
2014/01/17 差し替え指示のFAX「『〈黒塗り〉』の記載については、正式な『〈黒塗り〉』としてください」(近畿財務局→黒塗り)《交渉記録》
2014/01/31 差し替え分の提出。籠池代理人「大阪府にも正式に受理していただいたものと考えている」(→近畿財務局)《交渉記録》
2014/02/03 大阪府私学課「正式受理した認識はない」(→近畿財務局)《交渉記録》
2014/03/01 払込取扱票「安倍晋三記念小学校」を作成
2014/03/04 大阪府私学課「『安部晋三記念小学校』として本当に進捗できるのか」(原文ママ)(→近畿財務局)《交渉記録》
2014/03/14 昭恵と籠池夫妻が対面。昭恵は「安倍晋三記念小学校」の払い込み票を断る
2014/03/31 森友系列「開成幼稚園」が休園
2014/04/25 昭恵が森友学園で講演。理事長が「安倍晋三記念小学校」と発言
2014/04/25 昭恵「いい田んぼができそうですね」(→籠池夫妻)
2014/04/28 用地貸借希望書類一式提出(籠池→近畿財務局)<鴻池報告書>
2014/06/17 近畿財務局「7月末日までに申請が必要」籠池「コンサル業者に任せる」<鴻池報告書>
2014/08/20 大阪府へ「瑞穂の國記念小學院(仮称)設置計画書」を提出
2014/10/31 大阪府へ開設認可申請(大阪府私学課「(安倍晋三記念小学校とは)別の校名になっていた」)
2014/11/06 現地(国有地)に「(仮称)M学園小学校新設工事」建築計画の看板を設置
2014/12/09 大阪府知事が大阪府私立学校審議会に「瑞穂の國記念小学院の設置」について諮問

(注:00は日時特定できず。敬称略。発言については、スペースの都合上、本来の意味を変えない範囲での省略や変更有り。)

[2018/05/26時点]

国有地低額譲渡の真相解明を求める弁護士・研究者の会、”森友学園問題年表(関連情報を含む)”、2017年4月24日 。
http://kokuyuuti-sinsoukaimei.com/moritomogakuen-mondai-nenpyou/
(参照2018-05-26)

毎日新聞、”森友学園 財務省が国会に提出した交渉記録のPDF”、2018年5月23日 13時39分(最終更新 5月23日 15時39分)。
https://mainichi.jp/articles/20180523/k00/00e/010/292000c
同ページ、”<財務省が国会に提出した「森友学園」との交渉記録(PDF 77MB)>”。
https://cdn.mainichi.jp/item/jp/pdf/20180523moritomo.pdf
(参照2018-05-26)

日本共産党大阪府議団「森友疑惑特設サイト」
http://www.jcp-osakahugikai.com/moritomo/moritomo_index.html
(参照2018-05-26)
同ページ、”「瑞穂の國記念小學院(仮称)設置計画書(平成26年8月20日)」(193ページ・約22MB)”、(2018年4月17日開示)。
http://www.jcp-osakahugikai.com/moritomo/20180417_osakafu_kokai/01_secchikeikakusho.pdf
(参照2018-05-26)

財務省、”決裁文書に関する調査について”。
https://www.mof.go.jp/public_relations/statement/other/search_kessaibunsho.htm
(参照2018-05-26)

3.以前の予想からの修正点

私は、上で引用した2017年11月時点のブログ記事内で、

仮に「安倍晋三記念小学校」と書かれた設立趣意書が存在したのなら、2014/04/28に提出したものが時系列的に見て可能性が一番高い。

今回公表された分は、パンチ穴の跡の数と、最後に「平成28年4月開校」を宣言しているので、最後に提出したものか、あるいはボーリング調査のために提出したものである可能性が高い。

http://webstarterzy.t-hajime.com/kanadehonmoritomo-bangai-timeseries-part2/
(参照2018-05-26)

と予測していたが、財務省の交渉記録を踏まえれば、訂正が必要になった。

前回の予想で、ネックになっていたのは、鴻池報告書から読み取れる書類の提出日が、

・2013/09/02
・2014/04/28
・2014/07月末日までに提出

の3つに絞られていたこと。そのため、いろいろな矛盾点を含みながらも、一番可能性がある日として、「安倍晋三記念小学校」と書かれた設立趣意書が存在したのなら、2014/04/28、と予想していた。

ただこの日の場合、それ以前にあった

・2014/03/14昭恵夫人は籠池夫妻があったときに「安倍晋三小学校」を断っている
・2014/04/25現地視察に行った時の昭恵「いい田んぼができそうですね」→籠池「瑞穂の國の名前を思いついた」

の点と矛盾することが気になっていた。だが、名前の変更にはタイムラグがあると思い、総合的に見て、3つの日のうち、一番可能性があるのは、2018/04/28だとその時点では予想した。

この点については、今回公開された交渉記録によって、2013/12/16の資料の差し替え、2014/01/31の指示後の差し替え、があることにより、この時に、「安倍晋三小学校」の名称が使われた可能性が一番高くなった。

さらに、状況証拠でしかないが、一つの可能性を提示すると、2014/01/17の差し替え指示FAXの黒塗り部分が隠れている文字数を予測すると、おそらく5文字→14文字であるが、2013/12/16の文書が仮に「安倍小学校」あるいは「安倍記念小」「安倍晋三小」、2014/01/31が「安倍晋三記念小学校設置趣意書」と考えれば文字数は一致する。

[修正2018/05/27打消し線。該当部分の黒塗りは、以上の予想とは異なることが濃厚になりました。お詫びして訂正したします。]

もう一つ、重要なのは、この差し替え指示のFAXが、近畿財務局から〈黒塗り〉へ送られていることだ。この黒塗りはコンサル業者以外に考えられないが、この点は、当初からの疑問、

「籠池氏が提出したものなのに、なぜ籠池氏は「安倍晋三記念小学校」の設置趣意書を持っていないのか」

を解消するものになる。つまり途中のやり取りはコンサル業者が行っていたため、途中経過の資料は籠池氏は持っていなかった。最終的には、瑞穂の國記念小学院になったため、その途中経過である安倍晋三記念小学校の設立趣意書は籠池氏の手元には残らなかった、という説明に整合性が出る。

また、この点は、「開成小学校」のパンチ穴の件の反証にもなる。

私は当初、設立趣意書を繰り返し何度も出していたことの理由として、開示された文書のパンチ穴の数とパンチ穴の跡の間隔を指摘してきた。そのことに引きずられて、開示された設立趣意書は何回も変更を加えらえれた文書だと予想してしまっていた。

また、その他にも、

・文中の「平成28年4月開校」があるので、古くはないのでは
・開示された時はなぜか表紙なしの3枚だけだったので、2013/9/2提出の文書ではないのでは
・「開成幼稚園」が閉鎖されたのは2014/03/31なので、それに応じて名前を付けたのでは

という疑問もあったので、

「最後に提出したものか、あるいはボーリング調査のために提出したものである可能性が高い」

といったん結論付けていた。

だが、今回開示された交渉記録を読めば、

・開校予定に関しては、2013/08/21時点で2016年4月開校に予定変更済み
・「開成幼稚園」ついて閉園する話を2013/10/24に近畿財務局に話済み

といった点を見ても、2013/09/02の設立趣意書は、開示された文書通り、「開成小学校」だった、というのが正解だろう。

この点については、可能性の話として前提にしていたにしても、間違っていた可能性が高いので、訂正したい。

(今更だが、パンチ穴の数や跡の間隔は、おそらく、それ以前の計画で使っていて、使いまわしていたと考えられる。)

4.現時点の結論

2018/05/26時点で得られる情報からの結論は、

・2013/09/02出された設立趣意書は「開成小学校」で正しい可能性が高い
・その意味では籠池氏が朝日新聞に語った「2013年9月に土地取得を申し出た際に提出した設立趣意書」は勘違いである可能性は高い
・2013/12/05に大阪府に、2013/12/16に近畿財務局に提出された文書に安倍晋三の名前があった可能性は高い
・2014/01/31の差し替えはコンサルが行い、籠池氏は控えを持っていない可能性が高い
・2014/04/28に提出した資料が「安倍晋三記念小学校」だった可能性については保留

といったものだ。あくまで可能性の話である。

正直言って、この名称の件は、突き詰めると馬鹿らしい話で、どちらの立場に立っても踊らされているように感じるが、馬鹿らしいからこそ、論理的に整合性の付く結論をできるだけ導くことを望み、さらなる情報を期待したい。

過去の考察のカテゴリーはこちら→「森友問題」考察

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